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3/22更新

fictionsに番外編「至福」をアップしました。

当初の目的である「加納祐介人力検索データ化」が事情により進んでおらず、二次小説の更新は控えていました。
しかし、未曾有の大震災という現実を目の当たりにし、日本中がなにやら慌しい中で、ほっと気の緩む「何か」があってほしい、と私自身、このところ感じていたため、「ほのぼの系」の番外編のみUPすることにしました。

この拙ブログをご覧頂いている方の中にも、被災された方、計画停電で生活が大変な方等いらっしゃるかと思います。謹んでお見舞い申し上げます。

阪神淡路大震災を経験した神戸市民として、また震災から6日間、宮城に嫁いだ幼馴染と連絡が取れず不安に過ごした1個人として、今回の震災で自分にできることはないかと、日々模索しています。

しかし、関西から日本を盛り上げようという機運も見えつつあります(賛否両論ですが)。

私は日本人として知識としての戦後復興を知っています。神戸市民として、震災からの復興を知っています。
必ず復興の日は訪れる。今は、そう信じる一人ひとりの力が、大きなエネルギーになるように思います。

「不可能を可能にする男」が主役の当ブログですが、今まさに日本中、世界中があらゆる可能性のため、信じ、祈り、行動しているのを感じると、人間としての誇りをそこに痛いほど覚えずにはいられません。

あえてこの時期に「至福」というタイトルをつけることにためらいはありましたが、人間だけが持つ「笑う」という感情を、日本人が心から持つことを祈ります。

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information

合田雄一郎がレディ・ジョーカー事件を追い、犯人の一味である半田に刺されたのが95年11月7日。
太陽を曳く馬で、「3年連絡を取っていない」と明かされたのが2001年9月11日。

95年の末に退院してきてから、98年までの間には、合田と加納との間には、何らかの接点はあり続けた。これだけは事実だと思います。ただ、それがファンが期待するような甘い時間だったのか、それとも苦悶の時間だったのか、はたまたこれまでどおりなんとなく行き来する淡白な時間だったのか。

それは読者の数だけストーリーがあるとも思います。

私は、合田と加納はある時期、友情を越えた深い付き合いはあった、と思います。文庫でも削除されなかった「クリスマスイブは空いてるか」を最大限甘く幸せな方向へ受け止めたい。「酒でも飲んだんじゃないですか」という高村さんの某発言を汲み取りつつも・・・。

レディ・ジョーカーから判事への転身までわずか3年しか2人に許される時間がないのなら、彼らに幸せで濃密な時間を過ごして欲しい。

そんな思いをこめて作った短編集です。

何分小説なぞ書いたこともないど素人です。
行間を読めるほど頭が回らないから高村作品の理解も平板。
そして読者の数だけストーリーは存在する。
なので共感できない部分も多々あるかと思いますが、私なりに、加納に味わってほしい幸福な時間を作りました。

高村さんの著作で加納は一切心理描写、加納視点がありませんので、すべて合田視点となっています。検事、刑事のお仕事がどんなものか知りませんし調べるつもりもないので、あくまで2人の私生活場面のみ、つまりは2人きりの世界です。また、私は神戸っ子なので合田が本来使うであろう大阪弁とは若干異なることはご容赦ください。

なお、各話のタイトルは、内容と無関係です。加納に似合いそうな文字列を浮かぶまま付けただけですので深く追求しないでください。

*エロはありません、あしからず。

◆無垢 1 2 ('95年クリスマスイブの話)

◆恬淡 1 2 (クリスマスイブの続き)

◆情熱 1 2 (さらに続き)

悠然(さらに続き)

◆純真 1 2(さらに続き) 

◆春陽 1 2 3(ラスト) 

◆至福 1 2 3 番外編

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至福(3)

 互いの間を、確かな愛情が結び付けている。そう思えたのはわずかな期間だった。何の前触れもなく、突如加納が判事に転身し、大阪へ旅立ってしまったときの絶望感。そこで味わった貴代子という女の死を経て、また少しずつ、本当に少しずつ、心の距離を詰めていった数年間。そしてようやくの加納の帰京が今年の春のことだった。戻ってきたことも知らせず、ある日、ふいに合田宅を訪れ、「まだこの鍵、使えるところにいるんだな」と微笑んだその顔を、合田は一生忘れまい。
 自分になんの相談もなく、判事になったばかりか、黙って大阪まで行ってしまった男への、今さらうらみつらみもなかった。むしろ、そこまで精神の破綻に向かっていたことに気づかなかった己の鈍感さを悔やんでも悔やみきれない。しかし、東京で再会した加納の微笑は、そんな後悔も瞬時に払い飛ばした。
「あんたは、ここへ帰ってくるんやな」と合田も微笑んだ。
「お前が、俺の家。戻る場所なんだろう?」
 もう何年前に言ったか当人すら忘れているようなことを加納は言う。
「東京へ、異動か?」
 逸る気持ちを抑えて、できるだけ冷静に訊く合田だった。
「ああ。4月からは東京高等裁判所」
「立派になったもんやなあ」
「茶化すな、馬鹿」と言うが早いか、合田の脇腹に肘鉄を一発。
 加納と合田は甘い恋人期間とやらを、ほとんど味わわないまま年月がすぎ、中年に差しかかる頃、ようやく東京でのんびり逢瀬がかなうことになったのだ。
 以来、加納もそうだったが、合田の方がずいぶん熱心に<恋人>を味わおうとひたむきだ。だからこんな風にじゃれつくし、甘える。そんな合田をますますかわいいと思える病気(重症です)な加納もまた、存分に甘やかしてやる。
 新しい枕で身を寄せ合い、目を閉じる加納の頬に、合田はそっと上半身を浮かせて、軽いキスを送った。それでも加納はとりたててその手や唇を振り払おうとはしない。静かに受け止めている。もてあました合田の手は、不埒にも加納の首筋から腰や尻を撫で回した。
「雄一郎。何をするつもりだ」
「いやらしいこと」と応えた合田の目には不適に挑戦的な色。
「馬鹿」と一蹴して加納は立ち上がった。
「祐介?」と声が追いかけてきたが、一向構わない。
 しばらくすると、洗濯の山を抱えて出てきた。「素晴らしい洗濯日和だ」と空を見上げた加納の手によって1枚1枚、パンッと勢いよくはたかれ、ハンガーにかけられていくシャツ。シーツ。
洗濯物を干し終えた加納は「これで夕飯まではのんびりだ」と言って、新しい枕でなく、畳に寝そべる合田の腰に頭を下ろした。
 合田はばさりと新聞を畳み、枕に頭を預けた。
 人の重みが、こんなにも心地よく愛しいものだと知ったのは、この男のおかげだ、と腰にかかる重みを存分に味わった。
「お前もそろそろ眼鏡、作ればいいのに」と腰に乗る頭がかすかに笑って揺れた。
 眼鏡、それは中年の必須アイテム老眼鏡。
 加納は「ピントを合わすのに零コンマ何秒、適度な距離を測るのに2秒がうんたらかんたら」と理屈をこねまわした挙句、先日眼鏡を作った。合田は管理職になって書類やPCに向かう時間が長くなったとはいえ、まだ必要を感じていない。
 理屈をこねまわすのも、合田にやたらと購入を勧めるのも、要は「まだ、認めたくないんだろうな」と加納の若さへの足掻きがおかしく、また人間らしくて愛らしいと思う合田である(この人もやっぱり重症でした)。
 
 老眼鏡の話に触れたせいか、合田が気まぐれに「お前は退職したらどうするん?」などと言い出した。
「老後の心配か」と腰に乗っかる頭は軽く笑った。
「美貌の元検事、市民法律講座。公民館で主婦を集めて。大盛況間違いなし」
 珍しく加納が噴出すほど大笑いした。
「退職後まで、法律で飯を食いたくないな」と応じる口調はあくまで冗談に応じて軽いものだが、真剣さが含まれていた。弁護士という道を選ばなかった加納にとって、法は市民の味方というよりも裁きの手続きにすぎないのかもしれない。法を崇高に捉えているがために、老後の暇つぶしで飯の種にしたくないのかもしれない。
「そういうお前は、野生の元刑事、町の平和を守りますってパトロールでもするか?人気者間違いなしだ」
 今度は合田が大笑いする番。
「おじいちゃんの、ただの散歩やな」と合田が応じれば、それにまた加納が笑う。
「そうや!」と合田がふいに頭を浮かせたため、合田の腰に乗っていた加納の頭も少しずれた。
「あ、すまん」と言われて「いや」と応えながら、懲りずに加納は腰に頭を据え直す。
「美貌の元検事の書道教室はどうや。お前、字綺麗やし、人にものを教えるのもうまい」
 またも加納は大笑いした。
「その、美貌の元検事ってのは、果たして書道に必要だろうか」
「人間てのは、肩書きに弱いもんや。元検事っていうだけで集客倍。美貌がつけばさらに倍」
 どこのやりてジジイだ。
「よし。じゃあお前は硬筆担当だな。お手本みたいな綺麗な楷書を書くものな。野生の元刑事のペン字講座もおまけで集客さらに倍だ。授業料は多少ふっかけるか」
「野生の元刑事ってのは要るんか」
「考えてみろ、爺さん2人が、どこからともなく一緒にやってきて、お習字を教えて、またどこへともなく2人で帰っていくんだ。教室の中でも時折目で会話したりしてな。俺たちの書道教室は腐女子で満員御礼だ」
 合田は笑っていいのか泣くべきか、悩んだ。
 が、ふと気づいた。
「どこからともなく一緒にやってきて、またどこへともなく2人で帰っていく」
 加納は何気なく口にしたのだろうが、そこには、驚くほど明快に2人一緒の将来が、描かれていた。
 現在のように、それぞれに自宅を構え、それぞれの日常を持ちながら、たまに会う。そんな将来ではなく、いつも一緒の将来。常に隣に寄り添っている将来。
 公安の目も、好奇の目も離れていく老後には、確かにそんな将来があってもいい。
「なあ祐介」と語りかけた合田の声は、果てしなく優しい。
「退職したら、のんびりするか」
「そうだな。毎朝散歩して。読書して。おいしいお茶を飲んで。うまい飯を食って」
「たまには、山も登ろう」
「こうやって、くだらないことを言って笑いあうんだ」
「ええな」
 涙がこみあげるほど、穏やかで満ち足りた将来が、2人の目の奥に鮮やかに描かれた。
 柔らかな日差しを浴びながら、しばし日ごろの喧騒を忘れて夢を見た。
 そしてまた、この瞬間こそが、幸福そのものだった。

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至福(2)

 使った用具を空のバケツに放り込んでおいて、手を洗って台所へ行くと、加納は磨き上げたテーブルにカップを並べ、ポットから紅茶を注いでいた。
 加納は休日にコーヒーを飲まない。紅茶を好む。そのため、いつのまにか合田の自宅に紅茶用のカップとポットが揃い、休日が重なったときなどは合田も淹れてらっていた。温めたカップに注がれる紅茶から溢れる甘い香りはアールグレイらしい。ほとんどはストレートをすっきりと飲むのが好きなようだが、まれにアッサムでミルクティーを味わっていたりして、加納の趣味は合田にはよくわからない。ただ、徹夜が続いた後などは、ミルクティーがほっとするのはなんとなく理解できる。時折、合田など名前も知らないような茶葉を買ってくることがあるが、続いた試しはない。「深く追求しないのが精精さ」とよくわからないことを言って当人は気に留めない。茶葉にも茶器にも金をかけないのもまた、加納らしい。
 淹れたての湯気が立ち上る紅茶をひとくち静かに飲み込むと、「これで、気持ちよく新年を迎えられる」と加納は実にゆったりと微笑んだ。
 合田は見入った。何年経っても衰えるどころか、ますます魅力的な加納の微笑み。目元の柔らかさはいよいよ増し、完成に近づくロマンスグレーもどきの髪と相俟って、紳士的でありながらたまらなく柔和で優しい。内に秘める硬い意思はそこには到底見えない。
「祐介の紅茶は、ほんまにうまい」と合田も微笑んだ。
「天気もいいし、散歩がてら買い物に出ないか」と加納に誘われ、一緒に出かけた。
「晩御飯、何?」と無邪気に問う合田は、長年加納に世話をされてきた受動性が顕著だが、そんな合田すら愛しい、と感じる加納の愛情はもはや病気の域だろう。一生不治だ。
「鍋」とだけそっけない返事を寄越す加納の横顔をちらりと合田は見、「豆腐、いっぱいな」とまたも無邪気にリクエスト。
 加納はしかし、食品売り場でなく日用品や寝具の階へ上がり、おもむろに枕を選びだした。
「なんで、枕?」
 合田は素朴な疑問を口にした。
「だいぶくたびれてきたから。良質な睡眠に枕は大事だ」とひとつひとつ、念入りに確かめている。じっくり時間をかけて2つの枕に決めると、次が食品コーナーだった。鍋と宣言したとおり、葱や白菜、きのこ類を次々カゴに放り込み「豆腐、どれくらい食うつもりだ」と立ち止まって合田に問う。合田はちょっと考えて、3丁の焼き豆腐をカゴに入れた。それを見て加納はかすかに笑った。練り物や魚介、肉もカゴに入れると、おもむろに酒のコーナーへ足を進め、珍しく日本酒を選ぶ加納の目は真剣そのものだった。
「熱燗は鼻にむっとくるのが苦手だ。大吟醸を冷でいいか?」と一応合田の了承を得ようとはしているが、そこに合田が異を唱える余地は、実はない。判事として大阪にいた頃、同僚にめっぽう日本酒に強い男がいて、おかげで加納は大阪を出る頃には、すっかり日本酒通になっていた。とはいえ、今でも自宅ですするのはもっぱらウイスキーなのだが。その加納が数年を経て再び東京へ戻ったことで、合田もまた、日本酒のお相伴に預かる機会が増えた。
 夕飯までごろごろしてろ、と加納に言われて、合田は早速買ったばかりの枕を取り出し、畳に寝そべって新聞を開いた。
「祐介。めっちゃ気持ちいいぞ、これ。お前も早くここへ来い」と合田は誘ってみたが、加納は「もうちょっと」と言って玄関を掃除している。それが終わったらしい加納は、寝そべる合田を跨ぎ、ベッドからシーツ類を剥ぎ取ると、再び合田を跨いで洗面所へ消える。もどってきて三度合田を跨ぐと、ベランダに裸にした布団を干し、ベッドのマットレスも起こして壁にもたせかけ、風を通している。
「おい、人を跨ぐと背が伸びないからあかんて、教わらなかったか」
 気安く人を跨いで通る加納に、合田がちょっと皮肉を言う。
「まだ大きくなる気か」と加納は軽やかに笑う。
 合田は新しい枕に頭を預けたままぼんやりと「つくづくまめな男やなあ」とその様子を眺めている。
「洗濯が終わるまで小休憩だ」と加納が合田の傍らに胡坐を組んだとき、合田はもうひとつの枕をぽんぽんと手で叩いて加納を招いた。加納は柔らかく微笑んで、そこへ身を横たえた。すると合田は枕ごと、加納にくっつきそうなほど身を寄せてきた。加納は合田の短い髪をくしゃっと掻き回してから、そっと肩を抱き寄せた。
 中年の男同士がじゃれあうこんな姿、他人にはさぞ不気味に映ることだろう。しかし、合田にはもう、照れも羞恥もなかった(この人も病気です)。

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至福(1)

 12月某日。
 暖冬と言われて久しいが、この日も例に漏れず冬にしては随分暖かな日だった。先月木枯らし1号が吹いてしばらくは冬らしい刺すような空気を感じ、合田も真冬のコートを羽織ったものだが、ここ数日は不要だった。
 年末の大掃除として、この日は風呂場や洗面台、トイレといった水周りを磨き上げるのが合田の役割になっていた。潔癖な加納が割り当てたもので、当然合田の志願ではない。
「いつまで寝てるつもりだ」
 窓から射す柔らかな日の温もりを頬に感じながら惰眠を貪っていた合田のわき腹に、容赦のない蹴りが入った。
 目を開けると、加納は右手に雑巾、左手に洗剤ボトルの姿。
「似合うな」と言って合田はおかしそうに目を細めた。頭に姉さんかぶりの手ぬぐいが乗っていれば完璧。
「起こすのはもう3度目。これで起きなかったら、お前の顔を雑巾で拭いてやる」
 かなり本気で苛立っていると感じて、合田は慌てて起きた。
「何時?」
 のんびりと間延びした声で問う合田に対し、加納の声はきりりと「10時すぎ」と応える。続けて「昼までには終わらせる約束だろう」と言い残して加納はさっさと台所へ戻った。加納の分担は台所と玄関。
 シンクはすでに鏡のように磨き上げられており、加納は踏み台を使って棚や壁をせっせと拭きまわっているようだ。さほど家にいる時間もなく、禁煙して随分経っていることもあって大して汚れてなそうに思うのだが、意外なほど、加納がすでに拭き終わった部分とそうでない部分とはツートンになっている。
 洗面台でうがいだけして、合田も風呂磨きに取り掛かった。風呂場にきっちりバケツと洗剤、スポンジといった掃除道具が用意されていてつい苦笑が漏れる。幸い、日ごろからまめに掃除してあるからカビはない。水垢もほとんどない。といっても、これも結局、加納のまめさに拠るところが大きいのは合田に否定できない。
 合田が換気扇や扉、天井に壁と拭けそうなところは思いつく限り拭き終えてトイレに取り掛かった頃、加納は真剣な目で台所の換気扇を取り付けていた。どうやら台所の掃除は終盤戦の模様。
 トイレと洗面台も終えて、なるほど、加納が大掃除にこだわったとおり、普段より1段明るく感じて気持ちがいい、と合田が自分の分担箇所を満悦して見直していたとき、台所から「もうすぐお茶が入るぞ」と声がかかった。この抜群の呼吸。今こうしてともに年の瀬の慌しさを過ごすのが加納であることに、今更ながら喜びと幸福で全身が震えるのを合田は受け止めた。

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