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ドライブ

昨日、合田と加納がドライブしている夢を見ました。夢といっても、合田も加納も首から上、つまり顔は出てこない(苦笑)。合田はともかく、加納は私の中で想像を絶する超絶美形となっているので、夢でさえ描くことはできないようです。

さてドライブ。運転するのは合田。なぜか加納は助手席でなく、後部シート。なぜだ、なぜ隣に座らないんだ、加納。そして加納の膝には手作りお弁当が入ったバスケット。ってこれじゃ初々しい初デートで隣に恥ずかしくて座れなくてテレまくってる乙女じゃないかーーーー!私はそんな女々しい加納を想像したことはないのに。なぜだ、なぜなんだ。助手席で最近の円高だの株価だの検事の証拠改ざんだの(リアル時事ネタww)を真面目な顔して喋りまくって、合田に「ええ加減にしてくれ」と言われてこそ加納だろうがーーー(そうなのか?)。

途中、合田が道に迷ったり(笑)、たまに加納が「そこでハンドル切れ」とか口だして「わかっとる、うるさい」と切れられたり、トイレ休憩のためにショッピングセンターに立ち寄ったり(妙にリアル)、ひたすらドライブしてました。目的地はどこだったんでしょう。2人はどこへ行ったのか、それは私にもわかりません。でも2人がとても楽しそうだったので良し。

夢に見るほど加納が好きだったのね、私。と自覚した秋の夜。

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天然

大学卒業後、高村断ちをしていた数年間、たまに手持ちの本を読んでは寝食を忘れて没頭し、寝不足で出勤、「またやってもうたorz」を何度か繰り返していました。神の火なんかはボロボロです。

それが、昨年、晩夏から秋にかけて、レディ・ジョーカー、新作の太陽を曳く馬を続けて読み、それまでなんとなく「気になる人」だった脇役加納に心底惚れてしまったのはあっという間のできごとでした。

なんでこんなに加納なんだろう

と自分に問いかけてみます。

高村薫さんの作品で一番好きなのは「神の火」で、島田は大好きです。島田に憧れるあまり、緑のカラーコンタクトをつけて悦に入っていた時期もありました(苦笑)。島田に憧れるあまりウォッカを飲むようになり、冷凍庫には常にキンキンに冷えたウォッカという時期もありました(今でもお酒ではウォッカが一番好きです。合ってたんでしょうね)。

島田と加納には、他の高村作品人物にはない共通点があるように思います。見た目が端整で美しいとか頭がいいとかではなく、やや普通の斜め上を行っているあたりが。

島田も、サボテンに話しかけたり、ちょっと味わい深い面白キャラです。

加納も、話があちこち飛ぶ、と合田を呆れさせる天然系。

黄金を抱いて翔べの幸田がちょっとその系統かな?

とにかく、硬く重い文章の中で、ふっと気が緩むポイントを持っているのが島田であり、加納のように思います。天然系の斜め上キャラ。それが私の加納愛の簡潔にして最大の理由のようです。

いくら義兄弟だったこともあるほど近しい友人とはいえ、留守中にアイロンかけてて「おかえり」はないだろーよ!!

かわいいよ加納^^

初めて「照柿」で出会った頃は見た目も頭もパーフェクトなお兄さんだった加納ですが、いまや私はその頃の加納を追い抜き、LJの「三十代半ばは難しいですね」に突入しています。だからこそまたみえてくるものもあるかもしれない。

少なくとも、照柿初見で「かわいい」という感想はなかった・・・。

かわいいよ、加納。好きだよ、加納。

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9/12更新

fictionsに2編、アップしました。

前回予告したとおり、これで小説は一旦休止します。一応加納と合田のアホアホ話はもう少し先まで書いており、アホ全開で完結予定ですが、このブログの趣旨である加納データ集完成をまず頑張るつもりです。

LOVEv祐介は引き続き時折愛の独り言を綴ります。

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春陽(3)

 少し遅れて加納も食べ終えると、合田は食器を集めて立ち上がり、洗い場で水を使い始めた。
「雄一郎?洗い物くらい俺が」
「いい正月にしてくれた。せめてもの礼やと思ってくれ」
 そう言うと一旦水を止め、合田はゆっくりと振り返った。
「はよ着替えろ。ほんまは気になるんやろう?お前は誰よりも、第一線で捜査に携わるべきや」
「雄一郎」
「俺はどこへも行かへん。一段落したらまた会える。違うか?」
「その一段落が、いつになるやら」
「俺もまもなく一線に戻る。忙しいのはお互い様や。これまでだって、半年も会わんかったこともあるし、祐介が地方に飛ばされてた頃を考えてみろ。すぐ会える、すぐや」
「ここに、たとえ1時間でも長く、と願うのは」
「愚か者やな」
 ハッハと合田は声を上げて笑った。
「恋する者は、皆愚か者だろうか」
 本当にわからない、という戸惑いの表情で加納は問いかけた。
「そうやな。誰でもそうやろうけど、祐介は、何しろ免疫がないからなあ」
 またも合田は声を上げて笑った。
 そういう合田だって、今が本当の意味で初めての恋なのだ。貴代子も、結局は心から愛してなかったし、その後の女たちも、惚れたような思い違いをしてしまっただけで、結局合田はただの通りすがりの男でしかなかった。
「着替えてくる」と加納は隣室へ姿を消した。「ネクタイを拝借する」と声がかかって「どうぞお好きに」と応えると、合田にはたまらないおかしさが腹の底から溢れた。さすがに歯ブラシは別々だが、風呂で使う道具から剃刀からパジャマ、ネクタイ、下着、靴下まで共用し、整髪料を使わぬ合田の家に自分用の整髪料をちゃっかり置いているお前は一体何者だ、と。お前、いつからそんなに当たり前の顔して俺の生活にもぐりこんでたんだ。気付かずにのんきに受け入れていた俺は相当に阿呆だ。
 ぱりっと身なりを整え、スーツ姿でコートを肘にひっかけて加納が再びキッチンに現れたとき、隣室の窓から差す逆光の演出が、加納をこの世のものでない高尚な姿に映した。加納自身が発する温かなまばゆさに、思わず合田は息を飲んだ。
「どうした」
 とゆったりと笑う加納は、自分の美貌の放つ煌きをあまりにもわかってなさすぎる。
「綺麗やな、と思った」
 合田は馬鹿がつくほど正直だった。
「雄一郎。お前、どうかしてるぞ」
 加納のそれは明らかに、呆れた口調だった。
 加納は夕べから置きっぱなしの鞄を持ち上げて椅子に置き、携帯電話をしまいつつ、何かを取り出した。
「雄一郎、お年玉だ」
「ええ?」
 合田の驚き具合が嬉しかったのか、加納はおかしそうに小さく笑った。
「クリスマスプレゼントをもらったからな。お返しだ」
 一見無地に見えるほど繊細に織り込まれたグレンチェックの、渋いマフラーだった。いかにも加納が選びそうな、メイドインイタリーの高級カシミア。
「お守りだと思って巻いてろ」
「それはいいな。祐介が付いててくれるなら、最強や」
「どの口が言うか」
 今度こそ呆れた、と言わんばかりの加納の投げやりな言葉だった。
「大変な時やろう。体だけは大事にせえよ」
「ありがとう。お前こそ」
「わかってる」
 洗い物途中のだらしなく部屋着の男と、すっきりとした身なりの男がしばし見つめ合った。
 加納はなんとも優しい透き通る目で合田を見つめた。
 すっと手が伸びてきて、合田の頭をぽんぽんと軽くはたいた。
「じゃ、行ってくるよ。俺のかわいい恋人」
 合田は、身を翻した加納を追いかける言葉が見つからなかった。
 「やもめ」という言葉に怒った合田への、甘い報復だった。
 
 不安に苛まれているだろうと思っていた加納は、クリスマスイブの夜、飄々と合田の下へ戻ってきた。
 互いの好意を認識しても何も踏み出せない合田へ、突然口付けて驚かせ、歓喜に震わせた。
 特別な存在なのだと思い切り感じたい合田に、甘い囁きで言葉に表してくれた。
 きっと、俺などが計り知れないほどの葛藤を幾多も乗り越えてきたのだろう。表面に決して出さず、ためらいも感じさせず、軽く飛び越えてみせるお前のハードルは、とても高いところにあるに違いない。
 いつだって、お前は俺の先を行くんだな。
 でもな、祐介。
 これからは、お前がひとり彷徨っていた暗い森で、ともに道を切り拓こう。
 堂々と肩を並べて、歩こう。
 合田は加納が残した整髪料の微かな香りの余韻の中で、暗い森に差す春の光を感じ、幸せをかみ締めた。

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春陽(2)

「あれ?」
 合田はテレビをつけるでなし、加納の手元を眺めていたのだが、つい疑問が、考えるより先に声に出た。
 合田は「あれ?」と言っただけだが、加納はそれだけで「ああ。関西風」と疑問にあっさりと答えを出した。関東風の雑煮ならすまし。ところが加納はガサガサとスーパーの袋から白味噌を取り出して鍋で溶きはじめたのだ。
「京都にいる頃に、味をしめてね。白味噌仕立ては、なかなかいいな」
 と加納は説明したが、合田は単純にそうとは思わなかった。確かに加納自身、大阪や京都で暮らした期間があるが、よほどのことでなければ正月は水戸へ帰省していたはずだ。そうそう関西風の雑煮を食う機会があったろうか。
 自分が大阪出身だから。関西の味に親しんだ者だから。だから。
「ありがとう」
「なに、俺の好みに合っただけだ。礼には及ばん」
 相変わらず、涼しい風がそよぐような微笑を見せながら加納はてきぱきと支度を調えた。
 食卓に並んだのは、出来合いの黒豆、昆布巻きなどおせちセットを皿に移し変えただけのものと、鰤の照り焼き、雑煮が加納の手によるものだった。
「スーパーの惣菜で正月というのも、やもめ同士らしくて、まあいいだろう」
 加納の自嘲を含みつつもその実そんなことを気にもかけていない言い草に合田は小さく噴出した。
「ちゃんと正月の気分が味わえる、これだけでも俺には過ぎたるもんや。祐介がおらんかったらコンビニ弁当で正月や」
「そりゃひどいな」
 加納はさっぱりと笑ったが、ふと合田の表情は陰りを含んだ。
「祐介」
 一段トーンの落ちた合田の声に、加納の笑みが消え、何事かという風に合田を見た。
「世間体なんてつまらんもんやが、お前みたいな仕事やと、大事ちゃうか」
「何を言っている?」
「やもめ」
 合田の言わんとすることを察したのか、真意を推し量ろうとしているのか、加納はじっと合田の目を無言で睨むように見つめた。
「欠陥と、みなされへんか?」
 合田は離婚歴がある。知っている者なら、その後の独身について「結婚に懲りたんだろうよ」と笑うことはあっても妙な気を回すやつはいない。だが加納は人一倍の美貌を誇りながら、未だ独身なのだ。普通、重責の激務だからこそ、家庭を守る妻がいて仕事に打ち込めると、仕事を持つ男なら誰でも考える。出世を狙う野心に満ちた者なら、それなりの縁を結ぶ機会でもある。美貌だからこそ、女には不足していない、むしろ一人に絞らず遊び人で鳴らしているならまだしも、加納に限っては、露ほどもそんな気配がないのだから、おそらく本人が気づいていないだけで加納の周囲には加納の独身についてさまざまな憶測が囁かれているに違いない。よほどうまく立ち回っているから尻尾を出さないだけで、女遊びはそこそこ、というのが雑音の大半として、中には女性へ無関心であることの本質を見抜いている者もいないとも限らない。
 18年もの間、ごく身近に接しながらその尋常でない思いに気づかなかったくせに、いざ気づいてしまうと加納の周囲は雑音に満ちていても不思議でない、そんなことに余計な気を回してしまう合田であった。
「馬鹿馬鹿しい」
 加納にしては珍しく、心底うんざりし、合田を軽蔑する顔を見せた。
 独身を欠陥とみなすなら、その欠陥を補って余りある仕事ぶりを発揮すれば良いだけのこと、それが加納らしい一本気だ。妹の偏向を疑われて地方をどさまわりしていたときも、疑念を跳ね返す働きをしてき、東京地検特捜部というエリートの一翼を担うまでに自力で這い上がった男である。
「雄一郎、お前、俺にカモフラージュの結婚でも勧める気か、え?随分くだらんことを考えるようになったものだな、その腐った脳みそは」
 加納にしては珍しいすごみを見せて合田にからんできた。
 合田は真剣な表情を崩さないまま、しかし大胆なことを言った。
「俺は祐介を離すつもりはないよ」
 加納の表情がはっとこわばり、合田を強い眼差しで見た。合田は続けた。
「どうしても必要になったとき、祐介が結婚という手段を選んでも、責めへん。けど、離さへんよ」
「わけがわからんな。誰も幸せにならん。なぜそんな手段を俺が選ぶと思う」
「選らばへんやろうな」
「わかってるなら、なぜ」
「祐介。どんなに頑張っても、俺たちは世間的にはただの友人や。夫婦でも恋人でも、義兄弟でもない、他人や」
「わかりきったことだ」
「やもめなんてつまらん言葉使うな。失いたくない相手がいるなら、言うな」
 直情型の合田にしては相当珍しい、回りくどい言い回しで、要は、加納が何気なく言った「やもめ同士」が癪に障っただけなのだ。自分が加納にとって失いがたい存在だと認められたかったのだ。
 加納は力が抜けてほっと和らいだ表情を浮かべた。
「雄一郎」
 と合田にかけた声は穏やかで優しい。
「お前、相当頭が緩んでるぞ。復帰が思いやられるな」
「心配いらん。現場の空気を吸えば一発や」
「どうだか」
 加納は先ほどまでの怒りを収めてからりと笑った。
「さあ、冷めないうちに食え」
 と加納が威勢のよい声で促した。
「あ、うまい」
 白味噌仕立ての雑煮には、金時人参、丸大根、丸餅、これだけしか入っていない。関西でも最もシンプルな型の雑煮だ。
 一口すすって、餅も食いちぎり、合田は笑顔をほころばせて加納を見た。
「うまい」
 とさらに繰り返して満足の笑みはまるで少年に戻ったかのような透明感だった。
 加納は良かったともなんとも言わず、自分も箸をつけた。
「まーるく1年をすごせますように、で材料みんな丸いねん」
 丸い人参のひとかけを箸でつまみあげながら、合田が幼いころ母から教わったとおりを語る目元は穏やかで、正月に愛する者とのんびり過ごしている時間を心底喜んでいるのが溢れでていた。
 心底、見返りのない愛を覚える相手と過ごすのどかな元旦の風景、これは合田にとって、母を失って以来のことだった。貴代子では埋められなかった合田の心の空隙を、間違いなく、加納が知らず知らず満たし始めていた。
「まーるく1年を、か。俺たちには難しい問題だな」
 加納はくすりと小さく笑った。
 新年早々、小野証券の強制捜査に踏み込む加納の心中を思うと、合田はなんと声をかけて良いのか迷った。自分もこの男も、何事も波乱のない丸い日々など到底過ごせない人種なのだ。
「思い切り、やってこい」
 合田がそう言って加納の目を捉えると、加納もまた「ああ」とそっけなく答えながらも、目には熱っぽい光が一瞬燈った。
「鰤もうまい。祐介はほんま料理がうまいな。それにスーパーのおせちもなかなか」
 合田は満足げな柔らかい表情で卓上の料理を綺麗に食べてしまった。そんな自分を優しい眼差しで見守る加納がいることを感じながら。

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春陽(1)

 正月返上で仕事のはずだが、何時に登庁予定なのだろう。
 いつまで寝かせておいてよいものかと、先に目覚めた合田は加納の穏やかな寝顔を眺めていた。やつれた、というのではないが、少し痩せたという印象は免れない。イブの夜にも感じたことだ。だが、顔色は悪くない。いやに白いのはこのところ山登りはおろか、ろくに外へ出ていないからだろう。上司との付き合いゴルフはどうなった?
 それにしても。美しい白磁の肌の質感は、つい唇を寄せたくなるほどだ。知性的にきっと上がり気味の眉、対照的にいかにも温厚そうに柔らかな目元は今は閉じられているが、長いまつげがパサリと音を立てそうな存在感。すっと伸びた鼻筋、ふっくらした唇はほんのり赤みがあって艶かしい。普段は若々しい美貌だが、うっすらと産毛のようなやわらかで細い無精ひげが伸び始めた様子が、年相応にようやく見えるか、というところだ。
 知らず、もう一度視線は唇を追い、夕べ、一度は加納からしかけられ、二度目は自分からしかけた口づけを思い出し、合田は年甲斐もなくちょっと照れた。
 加納が寝返りを打った。どうやら、窓から射す光を避けて窓に背を向けたかったらしい。もう10時近いから、強い日が射すのだ。
 こんな時刻まで加納が惰眠を貪るのは珍しい。ふらりと合田の家を訪れて、翌朝にはふらりといなくなる、ここ数年の加納は、いつも合田よりも早く起きて身繕いをすませ、ちゃっかり朝のコーヒーをすすっていたのだ。
 それだけ、疲れてるんだろう。俺の前では、ええ。存分に寝ろ。
 そうは思うが、場合によっては強制捜査に踏み切るだろうと推測をつけている合田としては、起こさねば後で叱られるやも、と考えてしまう。
 合田が答えを出せずに一人悩んでいると、キッチンに置きっぱなしの加納の鞄の中で携帯電話が鳴り出した。
「おい、電話。祐介、電話やで」
 合田はそっと加納の肩を揺らした。
「取ってきて」
 と甘えたことをぬかす加納はまだ目も開けない。
 仕方なく合田は立ち上がってキッチンから加納の携帯電話を枕元まで持ってきてやった。
 やっと目を開けた加納は合田の手からそれを受け取り、ものぐさにも横になったまま、「はい、加納です」と電話に出た。
「はい、はい。それは昨夜のうちに用意しておきました。キャビネットの中に。鍵は事務官が。はい。了解。お疲れ様です」
 布団の中で目を閉じたままのくせに、いやにはきはきと事務的に応対する加納の姿に噴出すのをこらえるのが精一杯で、合田は意味もなく窓の外へ視線を移したりだった。
 電話を終えるとまた加納はふとんを目元までかぶってしまった。
「ええんか、行かなくて」
「15時集合。まだ大丈夫だ」
 随分遅いが、集合時刻を決定しているということは、「やはり強制捜査に踏み切る」と直感した。
「準備とか、あるやろう」
「済ませてきた。昨日は俺だけ居残り。その分今日は少しサボらせて頂く」
 と言っても、はっきりした口調からすると、加納はもう完全に目覚めていた。ただ横になって目をつぶって体を休めているだけにすぎない。居残りといっても、日付が変わる直前にはここへ帰ってきたのだから、連日深夜もしくは泊り込みで捜査に関わってきたことからすると、早すぎる帰宅時刻だ。おそらく、コーヒーも飲まず、飯も食わず、最大限の集中力を発揮して猛烈な勢いで仕事を片付けたに違いない。
 俺に会うために。
 合田はついほころびそうになる口もとを、手でさすってごまかしてみた。
 電話を渡した合田はそのまま加納の枕元にあぐらをかいて腰を落ち着けていたが、布団の中からほっそりした手が伸びてきて、合田の膝をすっと優しくひと撫でした。
「お前がいる」
「ああ」
「間違いなく雄一郎が、俺のそばに、いる」
「ああ」
「・・・たまらないな」
 クリスマスイブのあの日、飄々といつもどおりの風情で合田の懐へ戻ってきた加納だが、絶望から這い上がった喜びを今なおかみしみているらしい。
「祐介が、いる」
 と今度は合田が加納の額をひとなでした。
「ああ」
「俺のそばで、安心して眠る祐介がおる」
「ああ」
「・・・幸せや」
 はっとしたように加納は顔を上げて合田を見た。少し頬を赤らめているあたり、合田の「幸せや」が相当嬉しかったか。さすが純粋培養、免疫がない。
 合田は加納の髪をくしゃっとまぜ、「そろそろ起きろ」と自分も立ち上がった。
 加納は布団からごそごそと這い出しながら、すっきりした声で「雑煮を作ってやるよ。餅、買ってきた」と言った。
「へえ、関東風の雑煮か。雑煮なんて、何年も食ってない」
 合田は無邪気な笑顔を弾けさせた。
 「何年も」とはいつからのことか。貴代子が雑煮を作らなかったのか。それとも刑事稼業が忙しく元日もへったくれもなかったか。離婚以来数年という意味なのか。言葉を発した合田自身あいまいな「何年」だった。
 当然、今ここで自分が憂うことでも、問うべきことでもないと割り切っているのか、加納もその言葉を深く探る様子はなかった。
 加納が洗面と髭剃りを済ませてさっぱりした顔でキッチンに立つと、ごく当たり前の風情で合田はテーブルに着いて、すでに「出来上がるのを待つ役」に徹していた。料理を作ってやるなどと薄気味悪いことを言い出さない合田らしい姿を認めて、加納の顔には微苦笑が浮かび、それを見て合田も照れ笑いを浮かべ、という馬鹿馬鹿しい朝の風景だった。

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純真(2)

「もう寝よう、お前、殆ど寝てないんやろう」と合田が声をかけると、加納は物憂そうに「もうしばらく。おそらく、当分会えないから」などと随分かわいらしいことをのたもうた。
 ふと合田が食卓に目を戻すと、卵焼きはあらかた食い尽くされてはいたが、あと2口ほど、残っていた。後始末をするつもりで合田がその皿へ箸を伸ばしかけると、まどろむように合田を見つめていた加納が「あっ」と声を上げた。
「何?」
「いや、まだ食うつもりで残してたんだ、それ」
「ええやん、お前、ぺろっと殆ど食ったぞ」
 合田は迷わず一口、食った。まさか、と思いながら、残りの二口目も食った。
 しょっぱい。塩が効きすぎているのだ。コショウもうまく満遍なくいきわたらず、ときおりダマのようになっている。
「うわ、祐介が作るのとは大違いやな」と合田は呆れた。
 そうか、あまりうまくないからこそ、作った当人にそれを察知させないために加納は、黙々と一人で平らげるつもりだったに違いない。道理で、お前も食えと勧めないわけだ。
「お前が俺のために何かを作ってくれた、そのことで胸が一杯で、本当に、うまいと思えたんだ」
 珍しく言い訳がましい口調で加納は言うが、いくら恋は盲目といっても35を過ぎたオッサンの吐くセリフか、と聞いている合田の方が恥ずかしくなった。
「あんた、相当な変態や」と合田は笑った。
「そうかもしれんな」と加納もおかしそうに笑った。
 布団を敷いてくる、と加納はキッチンから姿を消した。合田はキッチンの後片付けをしながら、どうやら先日と同じく、自分のベッドの隣に布団を敷いているらしい加納が無性に愛おしくなった。
 加納はそのまま布団に寝転んでいた。キッチンの明かりも消して部屋に戻った合田は寝転んでいる加納をまたいでベッドに上がったが、ふといたずら心が起きた。
 一昨日から読み始めた本。英語のペーパーバックだが、ところどころスラングがわからない。
「祐介、これ、どういう意味?」と本を加納の目の前へ突き出した。
「どれ?」と加納の視線が、合田の突き出したペーパーバックに移る。合田もベッドから転がるように降りて加納の隣に寝転び、顔を寄せて「ここ、このセリフ、意味がようわからん」と本の中ほどの文章を指した。
 加納は生真面目に合田に指定された部分を読み、ちょっと考えて日本語に訳してくれた。実に簡潔で無駄がない美しい翻訳だった。
「へえ、そうなると前後の意味がわかるわ」と合田は納得する笑みを浮かべてすぐ隣の加納を見た。
 不敵な笑みを浮かべる合田に、加納は冷たく「本はダシか」と言ったが、どこか楽しそうな表情でもあった。合田のいたずらを見破って許す寛大な微笑み。
 合田は加納の後頭部に左腕を回して自分へ寄せ、自分も目一杯首を突き出し、口付けた。
「今度は俺の勝ち」
 とはしゃぐ様はまるで小学生並みの単純さだ。
 互いに心から油断して、子どもの境地で無邪気になり、笑い合える相手。
 これを運命と呼ばずして何をそう呼ぶか。
 めぐり合わせ。深い水底から自分を見つけ出してくれた加納に心底感謝する合田であった。

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純真(1)

 加納は不思議と、合田の作った卵焼きをせっせと一人で食い「お前も食えよ」とは言わない。退院して間もない合田が何もつままずにちびちびとウイスキーを啜っているのだ、人一倍気遣いのできる加納なら、体に悪いからとかなんとか言いそうなものだが。
 水戸へ帰省する時間を惜しむくらいだから、よほど根を詰めて仕事して、外見はいつもどおりおっとりとしているが、本当は相当疲れてるんだろうか。ちょっとしたことにも気を回す余裕がないくらいに。
 合田は、加納の落ち着いた様子から何か伺えやしないかと、またも加納に見入っていた。
「白髪の数でも数えてるのか?」
 と手元から顔も上げずに加納が笑った。
「数えたら、余計増えるかも」
「そりゃほくろの俗説だ」
 合田が加納を見つめること自体は、それほど嫌でないらしい。若い頃から人一倍目立つ美貌を本人は自覚しておらず、むしろ他人からの無遠慮な視線を嫌ってきた加納だが、今は合田の執拗な視線に動じず、逃げもせず、悠長にグラスを傾けている。
 ああ、無防備なんだ。
 合田が導いた結論は、非常に気持ちよいものだった。
 加納は自分とは違って人付き合いもでき、それなりに器用に組織の中を泳いでいるが、それでも、おそらく世間一般の男どもよりも、他者との間に置く壁は厚い。人間関係をそつなくこなすのは、生きる術と割り切ってのことで、深く他人と関わらない。学生時代からの付き合いだからこそわかるが、加納にはそういうところがある。誰にも分け隔てなく優しい代わりに、誰にも心を許していない頑なさを、合田はよく知っている。
 その加納が、自分の前では油断しきっている。
 小さな喜びと満足の後に、疑問が湧いた。
 なぜ、俺だったのだろう。
 合田はいまさら考える。合田は他者との間に壁を作るどころか、自分の強固な殻に閉じこもる貝のような生き方しかできない男だ。なぜ加納はよりによって広い海の中から俺を見つけ、貝を優しく開けて滑り込んできたのだろう。
 ふいに加納が、穏やかに、実にふわりと軽やかな笑みを浮かべて合田を見た。
「お前の目は、いいな」
 と言う。
「目?」
「目は口ほどにものを言う。目は心の窓。お前の目は、正直だ」
「じゃあ俺が今何考えてるか、わかるか?」
「加納祐介という、目の前の男について。この変態をどうしてくれようかということについて」
「変態・・・」と呟いて、弾かれたように合田は大笑いした。
 世の中に、これだけの美貌を誇る男に対し「変態」と形容するやつなど皆無だ。加納に似合うのは、清涼、高潔、そんな言葉だ。だが、確かにこいつは変態だ。二十年近くも一人の男に思い煩い、クリスマスイブの真夜中に拙いバイオリンごときで感極まって泣いてしまう変態だ。ほかの誰が知らずとも、俺だけは知っている。
「おい、変態仮面」
 面白がって合田は加納をそう呼んだ。
「なんだ、変態仮面2号」
 加納はにこりともせず即座に答えた。
「さっきのクイズ。正解や。俺は、お前との関係について考えてた。これまでのこと、これからのこと」
「ほう、それで?」
「お前、俺のどこに惚れた?」
「目」
 加納の返事は即答だった。
 “惚れた”という直截な言葉にはいまさら照れもなく、素直に認められるらしい。
 理由を、とさらに合田にねだられ、加納は少し考えて、「透明で、一点の曇りもない目。一見冷たいようだが、実は温かい眼差しだ。その温かさが、雄一郎そのものだ」と応えた。「俺にはないものだ」とも付け加えた。
 加納に温かさがない?そんなわけない。俺はいつだって加納の温もりに甘えてきたのに。
「俺はあんたの、飄々としたとこが好きや。爆風が起こってもちゃんと立っていられる足元の確かさあっての、飄々。決して惑わされず、自分の道をまっすぐ進む強靭な意思。なにもかもが眩しいくらいに、うらやましい」
「馬鹿な!」と言って加納は驚いた顔をした。
「俺は卑怯者だよ。甘言に弄され、ふらふらと足元を失う、弱い人間だよ」
 この男にも、そんな経験があったのだろうか、と合田は考えた。甘い言葉に乗せられてしくじった過去。ちょっと考えられない。自分を卑怯者と貶めるほどの過去?
 いや、そういう具体的な事実があったかどうかではなく、加納は単に、自分も弱さのある一個の人間だと言いたいだけだろう、と合田は納得することにした。
 今度は、加納がじっと合田を見つめた。まっすぐな視線に合田も負けじと視線を絡ませていく。
「人間は弱い。そう知っていればこそ、生きていける。そう思わないか?」
 きっとお前の弱さを知る人間は、この世にはほとんどいない。みな、お前を憧れや称賛の目で見るばかりだ。俺もそんな一人だった。自分には望みえない出世や、世間並みの幸せの代替を加納に望んでいたし、精神的支柱であってほしいとその立場に勝手に据え続けてきた。
 星の数ほどいる人間の中で俺たちが出会った偶然。他人との交わりが希薄な者同士、惹かれあい、なつきあったこの十数年。海の底にひっそり沈んで孤独を味わっていた俺を見つけ出した加納の目。
「すごいな」
 合田は、心なしかうっとりしたような、柔らかな目をしながら言った。
「何が?」
「出会いというか、運命というか、そんなようなもの」
 加納はちょっと考える風に、合田からさらりと目をそらせて手元のグラスに視線を落とした。
 グラスの縁を加納が軽くぴんと指先で弾くと、グラスの中の液体は小さく波紋を描いた。
「お前に、俺は共鳴を感じ取ったんだ、きっと。俺も雄一郎も、生き方はまるで違う。どちらも不器用と言う点では似ているが、そのほかでは似たところは皆無だ。だが、共鳴に誘われるがまま互いの距離が近づいてみると、これほど居心地のいい相手もいなかった。俺は、そんな風に思う。運命という言葉は受動的で責任放棄のようで好まないが、お前が運命というなら、甘んじて受け入れよう」
 合田には、共鳴という言葉がなにやらときめいた。同じ波長を持つもの同士でなければ絶対に感じ得ない特定の波長を、感じることができる唯一の組み合わせ、それが俺と祐介なのだとしたら、どれほど幸せなことだろう、と。
「俺は、これからもいっぱい祐介に甘える。祐介はきっとこれまでどおり、俺のわがままに応えてくれる。でも」
「でも?」
「祐介、俺にも存分に甘えろ、何も力にはなれんかもしれんが、たまには弱音のひとつやふたつ、吐き出せ。ええか、俺が、この俺が、お前の戻る家や」
「最高だ」
 加納はふわりと顔全体の筋肉を弛緩させて柔らかな笑みを浮かべた。透き通るように美しい、と合田はまたも加納の美貌に見とれる羽目になった。
 魂が震えるほどに共鳴しあう二人の心。それはぞくぞくと歓喜となり、一方でいよいよ俗世での関係は欺かねばならない新たな地平に二人して降り立ったということを合田は強く認識した。
 加納が甘えるように微笑みをさらに緩ませる様が嬉しくてならない合田だった。

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9/6更新

fictionsに続きをアップしました。

もう1話、この続きをアップしたら一旦小説は休止します。

元々二次小説発表目的のブログではないのに迷走中のため。

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悠然

 シャワーだけでも使いたいと大慌てで加納が浴室へ姿を消した後、合田はグラスを2つとウイスキーを用意し、少し考えて、不細工な卵焼きを作った。コショウを振りすぎて小さなくしゃみをしたところへ上がってきた加納が「来年はお前のせいで氷河期到来だ」と笑った。
「あんたが来るとわかってればもう少しましなものを用意したのに」
 と合田がぶっきらぼうに言えば、「地球が爆発する。新たな銀河系の誕生だな」と大笑いした。
 自分はせっせと男の家へ通って家事をするくせに、いざ主がたまの手料理で迎えようとするとこの言い草だ。
 だが合田は不思議と加納のこの物言いが心地いいことに気づいて、内心で大いに照れつつ、一方で不思議な優越感を覚えた。
 とうに義兄弟でなくなっている他人を「義弟」呼ばわりし続けた男に世話を焼かれて安心していた自分は今も、こうして一方的にからかわれていても加納の優位に安らぎを覚える。すべて任ねられる懐にすっぽり収まってきて、これからも収まっている自分の幼さが恥ずかしく、おそらく母の胎内に近い感覚、それほどの温もりが妙に照れくさい。しかし、それだけの庇護を提供している当人は、こうして合田を手のひらで転がすように扱っているようでその実、「義兄弟」という社会的に許される関係を求めねばいられなかったほどに不安で、それほどに自分を深く愛しすぎたのだ、これからも自分を裏切らないという自信。
 まったく初めて味わう感覚であった。長い年月をかけて作り上げてきた、互いにもっとも自然な態度の中に、無自覚だった愛情の一色が顕在化して実感する小さな幸せを合田は発見していた。
「今年もあと10分少々」
 加納は食卓につきながら合田に対して言うでなし、ひとりごちた。そのまま流れるような動きで箸を使い、ひとくち、卵焼きを食って「たまにはこういう味もなかなか」と目を細めて優しく微笑んだ。
「要はうまくないわけやな」
 合田が苦笑すると、加納は悪びれもせず「一応、誉めているよ」と応えた。これまでの加納なら、さっともう一品二品作るなり、卵焼きにかけるソースをアレンジするなり、自ら手を加えそうなものだが、腰を落ち着けてゆったりと箸を動かし、グラスを傾けている。相当な激務が続いているはずだが、清涼な美貌には翳りがなく、むしろ見る者を穏やかな心持にさせるのはすごいとしか思えず、ゆったりと大きな海を眺めるように、合田は加納に見入っていた。
「犬にとっては威嚇だそうだ」
 とふいに加納が動きを止めてまっすぐに合田を見た。
「何が?」
「相手をじっと見ること」
「聞いたことある」
「受けて立とう」
「おい、威嚇なんかしてへんぞ」
 また加納の思考がわからん、と合田が少し慌てたとき、つけっ放しにしていたテレビから、カウントダウンの唱和が聞こえた。年が変わる瞬間が近い、と合田はちらと思ったが、加納は特に気に留める風でもなく「お前のは、挑発だ」とさらにわからないことを言った。
 威嚇と挑発との間にどれほどの違いがあるというのか。加納の独特な思考回路に追いつこうと合田が小さな迷路に入った途端、静かにゆっくりと加納は腰を浮かせ、合田の顎を軽くつまんだ。

「甘い挑発だ。だが俺が先勝。今年もよろしく」
 にやりと勝ち誇った笑みを浮かべた男の唇は、ひんやりとして、強く触れれば弾けるほどに繊細な紙風船のような柔らかさだった、と半ば呆然として加納を見る合田だった。
 ああ、こんな風に軽々と、ためらいも後ろめたさも何もかもを飛び越えてみせるなど。この驚き、この歓喜。お前の圧勝だ。
 合田は加納にもたらされた胸の高揚に酔いしれた。

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9/2更新

☆fictionsに続きをアップしました。

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情熱(2)

 風呂もすませてベッドに転がって本を開いては見たものの、さっぱり集中できないのは、加納に会えなかった寂しさが頭の大部分を占めているせいか、と思うと合田はため息がでた。結婚していた頃、合田が帰宅しても学生だった妻は研究室に出ていて留守であることも多かった。だが、これほど会いたい、寂しいと感じただろうか。待つ身のはかなさよ。そんなものをまさかこの年で、男相手に覚える羽目になるとは。
 結局本は諦めてごろりと仰向けにひっくり返り、目を閉じてこの1年を振り返ってみることにした。思えば、刑事なぞという仕事のおかげで、盆暮れ正月などない生活を続けていたから、こんなにのんびりと大晦日を過ごすのは初めてかもしれない。
 ところが、いざ1年を振り返ろうとしても、やはりLJ事件の一連ばかりが思い出され、ついに犯人を追いきれなかった悔しさ、警察という組織への嫌悪感がいまさら湧き上がり、嫌になった。気分を変えてほかのことを考えようとすると、加納の顔ばかりが思い出される。会えなかった寂しさが増幅して、さらに嫌になった。1年を振り返るのはなんと苦しい作業なのか、と合田は今夜二度目のため息をついた。
 年が明けるまであと半時間と迫った頃、玄関のノブを回す音に合田ははっと身構えた。まさかこんな安アパートへ、しかもこんな大晦日の深夜に泥棒もなかろうに、となると部屋の主が退院したてで弱っている刑事一匹と知っている何者か、かつて俺が捜査なり逮捕なりにかかわって怨恨を買った何者か、そんな思いを瞬時によぎらせながら、合田は台所と六畳間の間の壁に身を寄せ、玄関をにらんだ。
 刑事業を休業して2か月。果たして大晦日深夜を狙う賊を相手にかなうのか。
 合田の背に、激しい緊張が鋭く走る。
 台所も玄関も明かりを落としているから、六畳間から漏れる明かりだけが頼りだ。
 ドアが開くと、長身の男の影がすっと入ってきた。が、合田に恨みを持つ者が急襲してきたにしては、警戒がなさすぎる。影は音を立てないよう慎重にドアを閉めると、きちんと内から鍵を掛けなおし、壁に手を沿わせて明かりのスイッチを探しながら靴を脱いでいる。ガサリと小さく乾いた音がするのは、何かを上がり框に置いたらしい。
 明かりがついて、納得がいった。ごく当たり前の風情で、物慣れた様子で入ってきたのは加納だった。
「祐介?」
 随分素っ頓狂な声が出た。
「雄一郎、そんなところで何をしてるんだ」
 加納こそ驚いたという顔で、寝室から体半分だけ出している合田を見た。
「なんでここに」
 合田は先ほどの声のまま、表情まで頓狂そのものになってしまっている。
「なんとか、年越しには間に合ったな」
 加納はいつものようにゆったりと柔らかな笑みを浮かべた。
「今年は帰られへんて、さっき言うてたやないか」
「水戸へはね。そう言ったはずだが?」
 そう言われて合田は全身が脱力するのを感じた。
 ああ、確かにそうだった。だがここへ来るとも言わず、あんたは一方的に電話を切ったじゃないか。
「恨みがましい奴が、弱ってるのを幸い、襲撃に来たかと本気で思った」
 我ながらなんとも悲しい稼業だ、悲しい習性だ、と思いながら合田は玄関をにらんでいた自分に言い訳をした。
「客体の錯誤も甚だしいな。そんな勘の鈍さで復帰してやっていけるのか」
 加納は軽く笑ったが、合田はただひたすら力が抜けた。錯誤も何も、前もって来ると知らせなかったお前が悪い、と思うが、それ以上に、思いがけず対面を果たせたことが嬉しくてならない。
「どうしてもここへ帰ってきたくて大急ぎで仕事を片付けたんだ」
 加納はゆったりと腰を折り、足元に置いたビニール袋を取り上げた。
「このとおり、明日の朝飯も用意した」
 とにっこり微笑まれてしまえば、合田にはもう返す言葉が見つからなかった。
 合田には、加納の「ここへ帰る」という何気ない言葉が無性に嬉しかった。
「来る」ではなく「帰る」と表現する場所が自分の元であることが、たまらなく嬉しかったのだ。
 加納は上がり框に、買い物袋片手に外出から戻った恰好で突っ立ったままだ。
 合田は台所を経て玄関に行くと、加納をふわりと抱きしめた。
「おかえり」
「ただいま」
 短くも甘美な挨拶だ、と合田はしみじみと味わった。
 マチビトキタル。
 愛しい者との逢瀬はこんなにもときめくものなのか。こんな喜びを感じられるなら、待つ身のせつなさもまた、悪くない。
 合田は加納の肩に顔をうずめて目を閉じた。

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情熱(1)

「すまないが、まだ庁舎なんだ」
 加納から電話があったのはすでに21時をまわって、合田がすっかり待ちくたびれて暴れだしそうな程に苛立っている頃だった。
 水戸への最終列車は確か上野発23時頃。列車2本分の時間、つまり22時に自分と会うには、到底間に合いそうにないというわけだ。合田はわずか1時間しか許されないのだから元々上野駅へ出向くつもりだったのだが、加納の口調は1分をも惜しむ気配だった。
「そうか」
 と答えるほかない。
 十数年、友人といえばこの男しかなく、といって会って何を話すわけでもない互いに寡黙な男同士の付き合いだったのに、ほんの1週間ほど前に会ったばかりなのに、会いたい。合田は加納からの残念な知らせに胸をかきむしられる思いだったが、声に表れないよう懸命に堪えた。一昨日の深夜に思い出したように「ちゃんと飯は食ってるか」と電話をしてきた加納に、合田はそっけなく「ああ」と答えたのだが、本当はろくに食っていない。入院中はさすがに三度の食事をきちんと取っていたのが、退院した途端これだ、と自分で呆れるほど食い物に執着がない生活に戻ってしまった。だが自宅でのんびりと休養している自分よりも、加納の方がよほど疲れていると思うと余計な心配はかけられない。それに、その電話がもしある程度話す時間を許されるのなら知らせたいこともあった。だが加納が、深夜1時近い時刻にもかかわらず「今日は少し早く帰れたので、電話してみたんだ。遅くにすまなかった」とあっさり切ってしまった。
 この時刻で「少し早い」とはどんな毎日なんだ。
 これまでの己の生活を棚に上げて合田は呆れた。
 今夜の電話も、用件を伝えるだけのつもりに違いないし、自宅ならともかく庁舎からなら周りの目もあろうと思うと、合田は慎重になりながらも、会えないならせめて1分、声を聞きたいと思った。
「水戸へは帰れそうなんか」
「無理だろう」
「庁舎でカップ麺すすりながら年越しか」
「それも悪くない」
 加納はかすかに笑った。
「5日から、仕事や」
 合田がそれだけは伝えようと簡潔に言うと、加納は少し驚いたらしく「随分早いな」と応じた。続けて「まだ本調子じゃないだろうし、いきなり飛ばすなよ」と彼らしい気遣いを寄越した。
「わかってる」
「わかっていてもぶち切れるのがお前さ」
 とまたも加納は軽やかに笑った。
「そうかもな」と合田も苦笑した。
「ああ、麺がのびてしまう」
 と加納がわけのわからぬことを言った。合田が「え?」と小さく問い返すと「3分経った。それじゃ」と電話は切れてしまった。
 まさか今年最後の会話が、カップ麺の具合如何で途切れてしまうとは。いくらなんでもあんまりだ、と合田は電話片手に呆然とした。加納の思考が常人と異なるのは昔からだが、それにしてもあんまりだ、としつこく考えてしまう。怒りすらわかない。
 今頃加納はカップ麺をすすっているのか。
 せめて同じ時刻、同じものを、同じ寂寥でもって味わうのも良かろうと、合田は慰みに自分もカップ麺を食うことにした。いや、あの口ぶりからして、加納が果たして自分と会えないことに寂しさなぞ覚えているのか、と不安ではあったが。

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