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春陽(3)

 少し遅れて加納も食べ終えると、合田は食器を集めて立ち上がり、洗い場で水を使い始めた。
「雄一郎?洗い物くらい俺が」
「いい正月にしてくれた。せめてもの礼やと思ってくれ」
 そう言うと一旦水を止め、合田はゆっくりと振り返った。
「はよ着替えろ。ほんまは気になるんやろう?お前は誰よりも、第一線で捜査に携わるべきや」
「雄一郎」
「俺はどこへも行かへん。一段落したらまた会える。違うか?」
「その一段落が、いつになるやら」
「俺もまもなく一線に戻る。忙しいのはお互い様や。これまでだって、半年も会わんかったこともあるし、祐介が地方に飛ばされてた頃を考えてみろ。すぐ会える、すぐや」
「ここに、たとえ1時間でも長く、と願うのは」
「愚か者やな」
 ハッハと合田は声を上げて笑った。
「恋する者は、皆愚か者だろうか」
 本当にわからない、という戸惑いの表情で加納は問いかけた。
「そうやな。誰でもそうやろうけど、祐介は、何しろ免疫がないからなあ」
 またも合田は声を上げて笑った。
 そういう合田だって、今が本当の意味で初めての恋なのだ。貴代子も、結局は心から愛してなかったし、その後の女たちも、惚れたような思い違いをしてしまっただけで、結局合田はただの通りすがりの男でしかなかった。
「着替えてくる」と加納は隣室へ姿を消した。「ネクタイを拝借する」と声がかかって「どうぞお好きに」と応えると、合田にはたまらないおかしさが腹の底から溢れた。さすがに歯ブラシは別々だが、風呂で使う道具から剃刀からパジャマ、ネクタイ、下着、靴下まで共用し、整髪料を使わぬ合田の家に自分用の整髪料をちゃっかり置いているお前は一体何者だ、と。お前、いつからそんなに当たり前の顔して俺の生活にもぐりこんでたんだ。気付かずにのんきに受け入れていた俺は相当に阿呆だ。
 ぱりっと身なりを整え、スーツ姿でコートを肘にひっかけて加納が再びキッチンに現れたとき、隣室の窓から差す逆光の演出が、加納をこの世のものでない高尚な姿に映した。加納自身が発する温かなまばゆさに、思わず合田は息を飲んだ。
「どうした」
 とゆったりと笑う加納は、自分の美貌の放つ煌きをあまりにもわかってなさすぎる。
「綺麗やな、と思った」
 合田は馬鹿がつくほど正直だった。
「雄一郎。お前、どうかしてるぞ」
 加納のそれは明らかに、呆れた口調だった。
 加納は夕べから置きっぱなしの鞄を持ち上げて椅子に置き、携帯電話をしまいつつ、何かを取り出した。
「雄一郎、お年玉だ」
「ええ?」
 合田の驚き具合が嬉しかったのか、加納はおかしそうに小さく笑った。
「クリスマスプレゼントをもらったからな。お返しだ」
 一見無地に見えるほど繊細に織り込まれたグレンチェックの、渋いマフラーだった。いかにも加納が選びそうな、メイドインイタリーの高級カシミア。
「お守りだと思って巻いてろ」
「それはいいな。祐介が付いててくれるなら、最強や」
「どの口が言うか」
 今度こそ呆れた、と言わんばかりの加納の投げやりな言葉だった。
「大変な時やろう。体だけは大事にせえよ」
「ありがとう。お前こそ」
「わかってる」
 洗い物途中のだらしなく部屋着の男と、すっきりとした身なりの男がしばし見つめ合った。
 加納はなんとも優しい透き通る目で合田を見つめた。
 すっと手が伸びてきて、合田の頭をぽんぽんと軽くはたいた。
「じゃ、行ってくるよ。俺のかわいい恋人」
 合田は、身を翻した加納を追いかける言葉が見つからなかった。
 「やもめ」という言葉に怒った合田への、甘い報復だった。
 
 不安に苛まれているだろうと思っていた加納は、クリスマスイブの夜、飄々と合田の下へ戻ってきた。
 互いの好意を認識しても何も踏み出せない合田へ、突然口付けて驚かせ、歓喜に震わせた。
 特別な存在なのだと思い切り感じたい合田に、甘い囁きで言葉に表してくれた。
 きっと、俺などが計り知れないほどの葛藤を幾多も乗り越えてきたのだろう。表面に決して出さず、ためらいも感じさせず、軽く飛び越えてみせるお前のハードルは、とても高いところにあるに違いない。
 いつだって、お前は俺の先を行くんだな。
 でもな、祐介。
 これからは、お前がひとり彷徨っていた暗い森で、ともに道を切り拓こう。
 堂々と肩を並べて、歩こう。
 合田は加納が残した整髪料の微かな香りの余韻の中で、暗い森に差す春の光を感じ、幸せをかみ締めた。

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コメント

はぁ~~~~しあわせ感いっぱいでございます。はぁ~~~~~
ありがとうございました。
加納さん,そんなに忙しい中でもちゃんとマフラーを忍ばせてるなんて,かわい~~。合田も愛されてる実感あるし,こういう感じなら,心配しないのに。

これからはメインコンテンツの充実をはかられるそうで,そちらも楽しみに待ってます。

投稿: miino | 2010年9月13日 (月) 20時06分

はぁ~~~~
はぁ~~~~
私もしあわせ感いっぱいでございます。
カワイイ、アナタ。おのれ!この!こんにゃろめー!!でございました。

これからも色んなコンテンツの更新、楽しみにしています。


そういえば。
新冷血のほうにも、、、、現れましたね。
読んだときに「あ、変態仮面でてきた」と思った私は、じょんさんの話にだいぶとやられているのでしょう。
それと合田さんにもう少しまともな献立を。

投稿: あおまめ | 2010年9月15日 (水) 15時27分

>miino様
ため息ですか(笑)。喜んでいただけて何よりです。
私自身は、マフラーを無理やり鞄に突っ込んで隠していた加納に書きながら萌えていました^^結構かさばると思うのですが(書いた本人がツッコミとはこれいかに)。

>あおまめ様
ああっ、続いてため息ですか(笑)。
新冷血についに出てきましたね!
まさかあおまめ様があの笑うすきなどない連載の中で「変態仮面」と思ってしまわれたとは、失礼ながら爆笑いたしました。変態仮面、よほど印象が強かったですか。


妄想を楽しんでいただけて、私も嬉しいです。アホ妄想続き爆裂のためにも他のコンテンツ充実にしばらくはガンバリマス。

コメントありがとうございました。まとめてのご返事で失礼します。

投稿: じょん | 2010年9月15日 (水) 21時10分

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