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純真(2)

「もう寝よう、お前、殆ど寝てないんやろう」と合田が声をかけると、加納は物憂そうに「もうしばらく。おそらく、当分会えないから」などと随分かわいらしいことをのたもうた。
 ふと合田が食卓に目を戻すと、卵焼きはあらかた食い尽くされてはいたが、あと2口ほど、残っていた。後始末をするつもりで合田がその皿へ箸を伸ばしかけると、まどろむように合田を見つめていた加納が「あっ」と声を上げた。
「何?」
「いや、まだ食うつもりで残してたんだ、それ」
「ええやん、お前、ぺろっと殆ど食ったぞ」
 合田は迷わず一口、食った。まさか、と思いながら、残りの二口目も食った。
 しょっぱい。塩が効きすぎているのだ。コショウもうまく満遍なくいきわたらず、ときおりダマのようになっている。
「うわ、祐介が作るのとは大違いやな」と合田は呆れた。
 そうか、あまりうまくないからこそ、作った当人にそれを察知させないために加納は、黙々と一人で平らげるつもりだったに違いない。道理で、お前も食えと勧めないわけだ。
「お前が俺のために何かを作ってくれた、そのことで胸が一杯で、本当に、うまいと思えたんだ」
 珍しく言い訳がましい口調で加納は言うが、いくら恋は盲目といっても35を過ぎたオッサンの吐くセリフか、と聞いている合田の方が恥ずかしくなった。
「あんた、相当な変態や」と合田は笑った。
「そうかもしれんな」と加納もおかしそうに笑った。
 布団を敷いてくる、と加納はキッチンから姿を消した。合田はキッチンの後片付けをしながら、どうやら先日と同じく、自分のベッドの隣に布団を敷いているらしい加納が無性に愛おしくなった。
 加納はそのまま布団に寝転んでいた。キッチンの明かりも消して部屋に戻った合田は寝転んでいる加納をまたいでベッドに上がったが、ふといたずら心が起きた。
 一昨日から読み始めた本。英語のペーパーバックだが、ところどころスラングがわからない。
「祐介、これ、どういう意味?」と本を加納の目の前へ突き出した。
「どれ?」と加納の視線が、合田の突き出したペーパーバックに移る。合田もベッドから転がるように降りて加納の隣に寝転び、顔を寄せて「ここ、このセリフ、意味がようわからん」と本の中ほどの文章を指した。
 加納は生真面目に合田に指定された部分を読み、ちょっと考えて日本語に訳してくれた。実に簡潔で無駄がない美しい翻訳だった。
「へえ、そうなると前後の意味がわかるわ」と合田は納得する笑みを浮かべてすぐ隣の加納を見た。
 不敵な笑みを浮かべる合田に、加納は冷たく「本はダシか」と言ったが、どこか楽しそうな表情でもあった。合田のいたずらを見破って許す寛大な微笑み。
 合田は加納の後頭部に左腕を回して自分へ寄せ、自分も目一杯首を突き出し、口付けた。
「今度は俺の勝ち」
 とはしゃぐ様はまるで小学生並みの単純さだ。
 互いに心から油断して、子どもの境地で無邪気になり、笑い合える相手。
 これを運命と呼ばずして何をそう呼ぶか。
 めぐり合わせ。深い水底から自分を見つけ出してくれた加納に心底感謝する合田であった。

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