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情熱(1)

「すまないが、まだ庁舎なんだ」
 加納から電話があったのはすでに21時をまわって、合田がすっかり待ちくたびれて暴れだしそうな程に苛立っている頃だった。
 水戸への最終列車は確か上野発23時頃。列車2本分の時間、つまり22時に自分と会うには、到底間に合いそうにないというわけだ。合田はわずか1時間しか許されないのだから元々上野駅へ出向くつもりだったのだが、加納の口調は1分をも惜しむ気配だった。
「そうか」
 と答えるほかない。
 十数年、友人といえばこの男しかなく、といって会って何を話すわけでもない互いに寡黙な男同士の付き合いだったのに、ほんの1週間ほど前に会ったばかりなのに、会いたい。合田は加納からの残念な知らせに胸をかきむしられる思いだったが、声に表れないよう懸命に堪えた。一昨日の深夜に思い出したように「ちゃんと飯は食ってるか」と電話をしてきた加納に、合田はそっけなく「ああ」と答えたのだが、本当はろくに食っていない。入院中はさすがに三度の食事をきちんと取っていたのが、退院した途端これだ、と自分で呆れるほど食い物に執着がない生活に戻ってしまった。だが自宅でのんびりと休養している自分よりも、加納の方がよほど疲れていると思うと余計な心配はかけられない。それに、その電話がもしある程度話す時間を許されるのなら知らせたいこともあった。だが加納が、深夜1時近い時刻にもかかわらず「今日は少し早く帰れたので、電話してみたんだ。遅くにすまなかった」とあっさり切ってしまった。
 この時刻で「少し早い」とはどんな毎日なんだ。
 これまでの己の生活を棚に上げて合田は呆れた。
 今夜の電話も、用件を伝えるだけのつもりに違いないし、自宅ならともかく庁舎からなら周りの目もあろうと思うと、合田は慎重になりながらも、会えないならせめて1分、声を聞きたいと思った。
「水戸へは帰れそうなんか」
「無理だろう」
「庁舎でカップ麺すすりながら年越しか」
「それも悪くない」
 加納はかすかに笑った。
「5日から、仕事や」
 合田がそれだけは伝えようと簡潔に言うと、加納は少し驚いたらしく「随分早いな」と応じた。続けて「まだ本調子じゃないだろうし、いきなり飛ばすなよ」と彼らしい気遣いを寄越した。
「わかってる」
「わかっていてもぶち切れるのがお前さ」
 とまたも加納は軽やかに笑った。
「そうかもな」と合田も苦笑した。
「ああ、麺がのびてしまう」
 と加納がわけのわからぬことを言った。合田が「え?」と小さく問い返すと「3分経った。それじゃ」と電話は切れてしまった。
 まさか今年最後の会話が、カップ麺の具合如何で途切れてしまうとは。いくらなんでもあんまりだ、と合田は電話片手に呆然とした。加納の思考が常人と異なるのは昔からだが、それにしてもあんまりだ、としつこく考えてしまう。怒りすらわかない。
 今頃加納はカップ麺をすすっているのか。
 せめて同じ時刻、同じものを、同じ寂寥でもって味わうのも良かろうと、合田は慰みに自分もカップ麺を食うことにした。いや、あの口ぶりからして、加納が果たして自分と会えないことに寂しさなぞ覚えているのか、と不安ではあったが。

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